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キムチの危機らしいが・・・






まずは記事の引用から。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100930-00000039-scn-int



韓国「キムチの危機」…中国から白菜5万トンを緊急輸入

サーチナ 9月30日(木)12時44分配信
 韓国人が「世界に冠たる」と自負するキムチが、危機的状況に直面している。最も代表的な「ペクチュ・キムチ」の主要材料、すなわち白菜の価格高騰のためだ。このため、10月初旬には中国から5万トンを緊急輸入することが決まった。中国新聞社が報じた。

 韓国では、9月中旬には1株9800ウォン(約720円)だった白菜の価格が同28日には1万1600ウォン(約854円)にまで上昇。同じくキムチの材料となるダイコンやタマネギの価格も大幅に上昇しており「白菜価格が高騰しつづければ、キムチの販売を停止することもありうる」と述べる業者も出はじめた。

 このため、韓国の大手スーパーなどが、同国内の50日分の消費量に相当する5万トンの緊急輸入を決定した。

 これまで、中国国内で加工されたキムチは韓国に輸入されており、「貿易摩擦」に発展したこともある。今回は白菜のまま輸入し、「キムチの材料」として一般消費者向けに販売する。韓国はまもなく、キムチづくりのシーズンを迎える。韓国政府の農食品部門も、国内生産分と中国から輸入した白菜とあわせれば需要を満たせると、期待している。(編集担当:如月隼人)



以上、記事引用。

この記事、白菜の価格高騰の理由が全く書かれていないのですが、
最近こういう記事が多くないですか?


需要が拡大したか、供給が縮小したかでしか高騰しないですから、
この場合は供給が縮小したんでしょうが、


この場合の供給の縮小の原因が、
不作であるにしても、
日照りなのか、日照不足なのか、風害なのか、虫害なのか、
まったくわからないですよね。


なんだか読んだあとでイライラする記事でした。
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「星の国から孫ふたり」






今日は、
鶴見区民センターに行き、

星の国から孫ふたり

という映画を観てきました。


自分は身の回りに自閉症の人はいないのですが、

お知り合いの行政書士の人から、

「こんなのがあるよ」と紹介されて軽い気持ちで行きました。


みなさんは、自閉症について、知識がありますか?

正直、自分は全く知識のない状態で行ったので、

先天性なのか、後天性なのか、遺伝性なのかも知らないまま、映画を観ました。


自閉症とは、①社会的相互作用の質的障がい
      ②言語とコミュニケーション行動の質的な障がい
      ③限定された興味・関心や常同的・反復的な行動
で、①②③が3歳までに発症するのだそうです。
(今日もらった講演のレジュメより)

とりあえずWikiの自閉症のページをリンクしておきます。

興味のある方は、ご自身で本を読むなり、調べるなりしてくださいね。


難しいなと思ったのは、
自閉症の方が、夜になってからパニックを起こした時の声を、
ご近所の人がネグレクトかと疑い、通報して警察官が来たけれども、
警察官の人がご家族の説明にいまひとつ納得しなくて、
座布団だったか毛布だったかの下に頭を入れて、
ようやく落ち着いたその子供さんに対して、
顔を見せて欲しいと希望したとのお話。


南堀江であんなことがあったばかりだし、
近所の人や警察官が過敏になることもわかるし、
でも、その家族の人がようやく落ち着いたのに、
そこで顔を出させてパニックがぶり返しても困るというのもわかるし、
難しいなと思いました。


ひとつ良かったことを書くと、
発達障害(自閉症やアスペルガー障害を大きくまとめてこう呼びます)の人が、
パニックに陥ったときに回復が容易になるように、
良いフラッシュバックを自分の中で持てるように、
普段からリラックスできるイメージを自分の中で持ちましょう、
そういう練習をさせましょう、と言っていたのですが、
これは、僕たちも全く同じですよね。

気持ちが落ちこんだときに、
回復が楽になるように、
よいフラッシュバックを持つというのは、
とても役に立ちそうです。


自分の不勉強さ加減を暴露すると、
自閉症の人やアスペルガー障害の人を支援するための、
発達障害者支援法という法律があるのですが、
自分はそれを知らずに、障害者自立支援法が適用されると思っていたことです。

障害者自立支援法が適用されるのは、
身体障害、知的障害、精神障害の三障害だけなんですね。
勉強になりました。

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とまどうのは考えているから







またしても、考えさせられたブログ記事の引用。

とはいえ、ブログのシステムがわかってないので、前回の茂木さんの時も、今回も、
トラックバックの方法がこれであっているのか、もひとつ分かっていません。


>普遍的な就労支援こそが最大の福祉という哲学

自分は勉強不足で、日本の社会福祉の問題点などがキチンと見えていないのですが、
上の言葉にはなにやら考えさせられました。


>アクティベーション政策一般に対して懐疑的になってしまうと、本来一時的な避難所に過ぎない生活保護が恒久的な生活保障になってしまい、それゆえに行政側はできるだけ入口で入れないように、入れないようにと、あの手この手を駆使するという悪循環に陥ってしまう


引用記事の中にもあったように、
就労しているシングルマザーが、非就労のシングルマザーよりも貧困であるなど、
「働かざるもの、食うべからず」より過酷な「働いているのに食えない」現実。


こういったことが改められるように、
不正規労働に就かざるを得ないシングルマザーを、
正規労働に導けるような政策が求められますよね。


かといって、働いていないシングルマザーを「怪しからん」とも思えないのです。
乳飲み子抱えて働くのは難しいですし、
子どもが小さい間は、生活保護なりで十分に保護して、
もう一度、労働力として、労働市場に再包摂できるような社会であればいいわけです。
但し、ここでの労働市場への再参加も、
働かない方が収入が多い、というような状態であれば意味が無いわけですよね。


>働けるのに福祉に依存する者がある程度存在するが、欧州と比較すればネグリジブルであろう
「ネグリジブル」とは「感化できる環境、無視してよい」という意味だそうです。


「無視してよい」という根拠がどの辺なのか、
自分で勉強することは必要でしょうが、
本当に日本はこのあたりで、社会福祉の制度を再構築しないとダメになってしまうのではないかと思います。


わたし自身は、
ヨーロッパ型の社会構造をモデルとした再構築をして欲しいと思って、
政権交代に期待して民主党に昨年は投票したのに、
全然そうならず、アメリカ型に偏った新自由主義的な社会に向かっているようで、
いまの民主党政権には大変な不満を覚えています。


政治家任せではなく、
もっと有権者である私たち一人ひとりが考えていかねばならないのでしょうね。




引用記事URL
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-47d3.html



以下、記事引用。
引用部分青色
引用内引用は赤色
強調などはなるべく原文のまま。

アジア太平洋資料センターの雑誌『オルタ』の9/10月号は、特集は「韓国併合100年」ですが、これではなく、湯浅誠氏の「反貧困日記」という新連載についてひと言だけ。

興味深いのは、湯浅氏が北欧は福祉国家だから人を働かせようなんてする国じゃないというイメージを持っていて、それが行ってみたらそうじゃなかったと、いささかとまどっているらしいところです。


>イギリスでもデンマークでも、訪問する先々で、私は「とにかく仕事」というメッセージを受け取り続けた。イギリスではすべての中高生の在籍データを行政機関が共有し、学校に来なくなった子どもなどの情報を地域の若者担当部局に提供、ソーシャルワーカーの家庭訪問やユースワーカーの本人対応に結びつけていた。失業者は、日本のハローワークに当たるジョブセンタープラスでの定期的面接を義務づけられており、若年者は一般失業者に比べてより厳しいプログラムへの参加を求められていた。・・・

>もっともこの点は、デンマークにおいてもあまり変わらず、それは私を混乱させた。北欧型の高福祉国家は、もっと違ったモデルでやっているはずではなかったのか?


もし、働けるのに働かなくても福祉でぬくぬく、という福祉国家のイメージを追い求めていたのだとすれば、それはやはり見当はずれだったといわざるを得ないのでしょう。

>ジョブセンターでは若年失業者と、なるべく早期にコンタクトをとり、企業実習を軸とした半年間の就労支援コースに乗せることに努力していた。教育課程でも、学校と連繋してドロップアウトした子どもの情報を把握するシステムが機能している点はイギリスと同じだった。その子どもたちのためには、「生産学校」と呼ばれるリハビリ施設、「職業訓練センター」「職業訓練校」など、多様な受け皿が用意されている。逆から言えば、「逃がさない」ということでもある。

もともと企業以外に受け皿がほとんどなかった上に、その数少ない受け皿だった職業訓練校を片っ端から破壊することを使命と心得るような政治家やエセ学者が跋扈するのが日本ですからね。

日本はもともと過度に企業中心的な形でワークフェア的だったために、そこからこぼれ落ちた人々をとにかく生活保護で救うという湯浅さんたちの活動は社会的メッセージとして重要な意味があったわけですが、だからといって「とにかく仕事」という方向性自体が間違っていたわけではないし、それこそ、宮本太郎先生の本を一読すれば、北欧諸国がもともときわめて普遍主義的な形でワークフェア的であったことが窺われます。

>私にとって正しい問いの立て方は、なぜ「福祉から就労へ」と「社会的排除から社会的包摂へ」という二つのスローガンが両立するのか、というものであるべきと思われた。

それこそまさに、1990年代以来のEU社会政策とは、北欧型モデルに沿って、労働市場からの排除を最大の問題ととらえ、労働市場への包摂を最大の解決策ととらえる考え方なのですから、両立しないとしたらその方が遥かにおかしいわけです。

そして、何より重要なのは、次の一節。


>しかし他方で、デンマークにおける日本経団連に当たるDIの担当者が「私たちには、高福祉国家を手放さないという国民的合意がある」と真顔で語ったりもする。

「真顔で語る」という言い方自体に、湯浅氏の「経営者が福祉国家を守るなんて・・・」というとまどいが感じられますが、それこそ、普遍的な就労支援こそが最大の福祉という哲学の現れとして「真顔」で受け取るべき言葉でしょう。

この辺の言葉が、右にも左にもいっこうに通じないのが、現代日本の最大の閉塞の原因であるわけですが。

デンマークといえばパワハラ社長が好き放題にクビ切り自由のパラダイスとしか心得ない一部の経済評論家はともかく、湯浅氏にはしっかりとした認識をもって活躍していただきたいと思います。

(追記)

ちなみに、湯浅氏がワークフェアに対してよい印象を持っていないことには、それなりの理由があります。


>しばらく前から、日本でも「福祉から就労へ(Welfare to Work)」または「ワークフェア(Workfare)」という言葉が語られるようになった。福祉サービスに就労支援を絡めるという意味だが、バランスを間違えると、実際には働けない人たちを無理矢理福祉サービスから放逐することにもなりかねない。特に日本のように生活保護のマイナスのレッテルの強い国では、生活保護を受けているシングルマザーを労働市場に放り出すといったニュアンスを伴う危険性が高く、私はこの言葉に余りよい印象は持っていなかった。

日本でワークフェア的政策が最初に導入された時の経緯を踏まえると、湯浅氏の警戒感にもまったく根拠がないわけではないのです。

この点について、今から3年近く前の2008年12月11日に、OECDの各国のアクティベーション政策のレビューチームが来日した際に、わたくしから詳しく説明したところです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/oecd-dd50.html(OECDアクティベーション政策レビュー)

とりわけ、その時に強調したのは、日本のワークフェア政策の先頭を切ったシングルマザーに対する政策の倒錯についてでした。


>このような文脈の相違を無視して、欧米のアクティベーション政策をそのまま日本に持ち込んだ実例が、シングルマザーに関する政策である。

日本では、2000年頃から欧州における社会的包摂の議論が紹介され、政府においても検討が始まった。しかし、その第一歩として取り上げられたのは、公的扶助受給者に対するものではなく、シングルマザーに対するアクティベーションとそれに伴う児童扶養手当の削減という政策であった。

日本では、諸外国に比較して、シングルマザーの就業率が極めて高く、一貫して80%を超えている。しかしながら、家庭責任を抱えた彼女らは長時間労働を要求される正規労働者として就労することは困難であり、その多くは低賃金の非正規労働者として就労している。このため、日本のシングルマザーの貧困率は極めて高く、しかも非就労のシングルマザーよりも就労しているシングルマザーの方が貧困であるという逆転現象が起こっている。

このような中で、(あえて公的扶助に頼らない)低賃金のシングルマザーの所得補填機能を果たしてきたのが月額5万円弱の児童扶養手当制度(子供が18歳まで支給)であり、欧米の文脈で云えば、むしろアクティベーションに伴う就労インセンティブとして導入される在職給付的な意味を持つものであったといえる。

ところが、2002年の法改正は、欧米のアクティベーション政策をこの児童扶養手当制度に適用し、所得保障という消極的政策から就労による自立をめざす積極的政策への転換を図った。就労を拒否した場合の支給停止が規定されるとともに、児童扶養手当の受給期間が5年を超えると減額されることとなり、一方、シングルマザーに対する様々な就業支援策が講じられた。しかし、上述のように既に日本のシングルマザーの大部分は就労しており、しかもその生活状況から低賃金の非正規就労に陥っているのであって、このようなアクティベーション政策は的が外れていたと云うべきである。

こういう経緯などもあり、湯浅氏が日本で行われるワークフェアに懐疑的になることにはまったく理由がないわけではないのですが、さはさりながらそれゆえにアクティベーション政策一般に対して懐疑的になってしまうと、本来一時的な避難所に過ぎない生活保護が恒久的な生活保障になってしまい、それゆえに行政側はできるだけ入口で入れないように、入れないようにと、あの手この手を駆使するという悪循環に陥ってしまうわけで、こういう意図したあるいは意図せざる誤解のゴルディアスの結び目を解きほぐして、まっとうな議論を展開していくことこそ、内閣府参与として政策形成に責任を有する湯浅氏に期待されるところであろうと思います。

ついでながら、上記OECDのアクティベーション政策レビュー報告書は、既にノルウェー、フィンランド、アイルランド編が公表され、日本編も今秋には公表される予定です。その日本編はわたくしの翻訳により出版される予定ですので、関心のある皆様方はしばらくお待ち下さいますよう。

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田中角栄さん






政治的なことを書くと敬遠されるのかなと思うですが、

Twitter上で紹介されていた、

茂木健一郎さんのblogの記事をとても興味深く読んだので、

ここで引用して、紹介してみたいと思います。

正直、僕はとても考えさせられました。

僕自身は田中角栄さんのことを直接記憶していません。

ただ、新聞などで報じられてきた「田中金権政治」という言葉を本当に鵜呑みにして信じてきました。

仮に金権政治は本当であったとしても、「功」「罪」それぞれの部分があると思います。

それを一緒くたに全て否定しているのはおかしいかなと思うのです。

で、引用してみました。


以下、茂木健一郎さんのblog、クオリア日記より引用。

引用部分は文字色を青い色に変えてあります。


田中角栄氏に関しての連続ツイート

昨日深夜の田中角栄氏についての連続ツイートを、ここにまとめて掲載します。

茂木健一郎


金曜またぎの深夜でもあるし、帰って来ながらいろいろ考えたので、いつもは朝やる連続ツイートを、もう少ししたらやりたいと思います。


角栄(1)あれは数年前だったか、学生たちとカラオケをしている時に、「まあ、その~国民のみなさまにはですね、まあ、その~」と田中角栄のものまねをしたら、誰もわからなかった。昭和を象徴するあの人のダミ声を知らない世代が生まれてきているのだと知り、ショックだった。


角栄(2)その頃から、なぜか、田中角栄さんのことが気になった。最近になって、いろいろな意味で田中さんと比較される小沢一郎さんについての、マスコミの報道ぶりを見ていて、なぜ角栄さんのことが気になっていたのか、わかった気がする。角栄さんは、私たち日本人にとって、一つの「宿題」なのだ。


角栄(3)田中角栄さんは、高等小学校と中央工学校を卒業という決してエリートとは言えない出自の中、持ち前の強靱な知性と驚くべきバイタリティで、ついには総理大臣まで上り詰めた。支持率も高く、マスコミは「今太閤」と褒め称えた。


角栄(4)「コンピュータ付きブルドーザー」と評された頭の回転の速さと、エネルギー。人心を掌握する術にもたけていた田中角栄さんが、卓越した人物であったことを疑う人はいないだろう


角栄(5)田中角栄さんの最大の功績は、日中国交正常化を成し遂げたことだった。ニクソンの電撃的訪中によって、日本が「ジャパン・ナッシング」になる危険を察知した角栄さんは、総理大臣として驚くべきスピードで調整し、いろいろと障害のあった日中の国交正常化を成し遂げた。


角栄(6)その驚異的な頭の回転は、幾つもの伝説を読んでいる。大蔵大臣に就任した時、大臣室に来た官僚たち一人ひとりの名前を、フルネームで呼んで、居並ぶひとたちを感激させたという。


角栄(7)政治家にとって、他人の名前を覚えるのは大事な能力うっかり誰かの名前を忘れてしまうと、角栄さんは、握手をしながら、「君の名前はなんだっけ?」と聞き、「鈴木です」と答えると、「名字はわかっているよ。下の名前はなんだっけ?」と相手を傷つけずに聞き出したのだという。


角栄(8)「日本列島改造論」などで、狂乱物価を引き起こしたと批判された田中角栄さんだが、その旺盛な活動の背後には、故郷の新潟の貧しさに対する深い思いがあった。何とか、冬は豪雪に覆われる地域の人々の生活を向上させたいと願ったのである。


角栄(9)「今太閤」とたたえられた田中角栄さんの運命が暗転したのは、マスコミが「田中金脈」批判のキャンペーンを張ったことだった。集中豪雨的な批判記事の圧力の下、角栄さんは総理大臣を辞した。


角栄(10)辞任の翌年、米国の上院における証言から、「ロッキード事件」が発覚する。「総理の犯罪」を追求するマスコミの嵐のような記事。角栄さんは、逮捕され、一審で実刑判決を受ける。


角栄(11)逮捕、起訴後も、角栄さんは自民党内で力を持ち続けた。そんな角栄さんに、マスコミは「闇将軍」というレッテルを張った。やがて、角栄さんは病に倒れ、その影響力は次第に低下していく。


角栄(12)最高裁に上告中、角栄さんは帰らぬ人となる。その刑事責任は、結局確定しないまま、公訴は消滅することとなった。


角栄(13)田中金脈追及からロッキード事件発覚にかけて、私は小学生から中学生だった。当時の私は、マスコミの記事、報道をそのまま信じて、田中角栄という人は悪いひとだ、「よっしゃ、よっしゃ」といって賄賂を受け取った、その後も「闇将軍」として居残り続けていると思っていた。


角栄(14)その一方で、人間としての田中角栄という人を、どうしても憎む気にはなれなかった。その頃、『わたくしの少年時代』という自伝を読んだことがある。そこから伝わってくるのは、あくまでも真っ直ぐな、情熱に満ちた人柄だった。


角栄(15)それでも、長い間、「総理の犯罪」「田中金脈」「闇将軍」というレッテルから、私の思考は自由にならなかった。田中角栄さんのことが気になり始めたのは、今年になって、日本の良識ある人々の中で、検察や、マスコミの「正義」に対する不信感が本格的に頭をもたげてからのことである。


角栄(16)マスコミは「政治とカネ」と一つ覚えのように言う。統計的に考えて、その悪弊はさまざまな政党のさまざまな人たちにポアソン分布で生じるだろう。それなのに、なぜ、政権交代を果たしたばかりの政党の代表と幹事長だけが狙い撃ちされるのか、まずここでおかしいと思った。


角栄(17)マスコミや検察の「正義」が絶対的なものではないということは、成熟した民主主義の下では当たり前のことだろう。ところが、「有罪率が100%近い」という近代国家ではあり得ない事態の下、日本人は、長らく、マスコミと検察は絶対正義であるという「幻想」の魔法の下にあった。


角栄(18)魔法がとけて見ると、田中角栄さんのことが気になり始めた。あの一連の出来事は、一体何だったのだろう? あの一切の異論、反論を許さないような報道の嵐の中で、本当に「正義」はなされたのか? 田中角栄さんは、マスコミが描こうとしたような、極悪人だったのか?


角栄(19)田中角栄さんの問題は、日本人が未解決のまま抱えている宿題だと思う。あれほど功績のあった人、卓越した人を、マスコミがヒステリーじみたキャンペーンで、葬りさった。その狂乱の本質は何だったのか、私たちは振り返り、整理すべき時期が来ている。


角栄(20)中国の人たちは、日本のマスコミのキャンペーンに踊らされなかった。日中関係の井戸を掘った偉人として、首脳が日本を訪れる度に、田中角栄氏を訪問した、今考えると、角栄という人物の本質を見ていたのは、マスコミだったのか、それとも中国の人たちだったのか?


角栄(21)自分たちに絶対的な正義があると思っている人たちは、うさんくさい。「闇将軍」などと揶揄する記事を匿名で書き飛ばしていた新聞記者たちと、田中角栄さんと、どちらが人間として興味深く、また誠実に生きていたのか、今となっては答えは明かであるように私には思える。


角栄(22)ニーチェは、人間の最悪の罪の一つとして「ルサンチマン」を挙げた。田中角栄氏をめぐる一方的な報道ぶりを振り返ると、そこには、新聞記者たちの、角栄さんに対するルサンチマンがあったと思えてならない。


角栄(23)そもそも、権力者を次々と犯罪者に仕立てるのは、未成熟な国の特徴である。すばらしい点の多々あるお隣の国、韓国はまた、元大統領が次々と刑事被告人に貶められる国でもある。一方、成熟した民主主義の国では、そのような極端な変動は、絶えて久しい。


角栄(24)成熟した英国流のカモン・センスから言えば、田中角栄氏の「犯罪」は、果たして、あれほどのヒステリックな断罪が行われるべきことだったのか、大いにあやしい。少なくとも、その功績とのバランスにおいて総合的に判断する、そのような知的態度は有り得たはずである。


角栄(25)私は、過去に遡って、田中角栄氏にあやまりたい。小学校から中学校という、世間知らずの年代だったとは言え、自らの正義を信じて疑わないマスコミのヒステリックな報道によって、「闇将軍」であり、「悪人」であるとたとえ一時期でも思ってしまったことに対して、心から謝罪したい。


角栄(26)今、こうやって振り返って思い出すのは、ロッキード事件の渦中にあった頃の田中角栄氏が時折見せていた、孤独でさびしそうな横顔である。あそこには、人間の真実があった。一方、居丈高に正義を振りかざしていたマスコミの様子を思い出すと、浅薄さといやしさの印象だけが強まってくる。


角栄(27)ロッキード事件が明るみに出たあとも、田中角栄氏は、新潟でトップ当選し続けた。マスコミは、新潟の選挙民の意識が低いなどと揶揄し続けた。今考えれば、人間としてまともだったのは、一体どちらだったのだろう。


角栄(28)人間は、過去を振り返り、反省することで、未来への指針を得ることができる。日本の国の将来を、小学生の学級会のような幼稚な「正義」で危うくしてはならない。今こそ、田中角栄さんをめぐる一連の事態は一体何だったのか、真剣に検討すべき時期が来ているのではないか。


以上、田中角栄氏に関しての連続ツイートでした。深夜、大変お騒がせしました。おやすみなさい。

http://twitter.com/kenichiromogi

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とある歌の思い出とともに





RIMG1195a.jpg

先日、近鉄の南生駒駅に所用で行きました。

で、その際に駅近くを流れていた川が、この川です。

「だから?」と言われると困るのですが、この川の名前は「竜田川」です。


百人一首の中に在原業平の一首、

「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは」

が入っていますが、その竜田川なんです。


この歌の中で読まれている風景が、
竜田川のどの辺で読まれたものなのかわかりませんが、
竜田川を初めて見たので、感慨がありました。

高校の古典の授業で、
百人一首に詠まれている風景を想像して絵に描くという宿題が出たときに、
僕が当たったのが、
この「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは」でした。

渓流の速い流れの中に岩があり、
両岸にもみじが茂り、
その両岸のもみじからヒラヒラと落ちた赤く染まった木の葉が、
川面に加わる、

といった絵を描きたかったのですが、
しょせんわたしの画力では無理なので、
そのイメージを大幅に省略した絵を描きました。

いま思えば、
在原業平のような平安一の色男の歌を、
高校のクラスで一番暗いメガネ男が絵にするというのは、
なにやら皮肉ですな。


で、他に「千早ふる」と言われて思い出すのは、落語。

先の「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くぐるとは」の意味を訊かれた
自称街の物知りが、知らないと言えずに、
自分勝手なヘンテコ解釈を繰り広げる笑い話なのですが、
このネタはかなり好きなネタの一つです。

自分はポッドキャストで配信された
鈴々舎わか馬さん、三遊亭きつつきさん、柳屋三之助さんの
「千早ふる」を持っているのですが、
今度聴き比べて、ここに感想を書いてみたいと思います。

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ごっちゃん親父

Author:ごっちゃん親父
こんにちは。
身近な出来事を駄文ながら綴りたいと思います。

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