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歩兵第八連隊の碑

自宅から職場に向かう途中に難波宮跡があります。

その難波宮跡の西側、上町筋に面したところに、
今日ご紹介する、歩兵第八連隊の碑があります。


RIMG0518a.jpg


ちなみに中学生の頃、同級生から聞いたのは、
「『またも負けたか 八連隊』という唄があって、大阪の八連隊というのは、
大阪らしく口が達者で弱かったらしい」という話でした。


ところが、以前、大阪市内のこの碑から遠からぬ松屋町筋の辺りに、
普通の町屋風の建物の入り口にスペースをとって、八連隊の写真などを掲げ、
「八連隊が弱かったというのは俗説である」というようなことを書いた建物がありました。
(記憶では、八連隊の方の連絡所か何かであったように思うのですが、
今回書くにあたって再度確認したわけではないので、間違いがあればご容赦ください。


↓wikipedia歩兵第8連隊の説明
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A9%E5%85%B5%E7%AC%AC8%E9%80%A3%E9%9A%8A

ここにも記載されているとおり、
歩兵第八連隊が、「弱かった」といわれるのは、
全くの俗説であり、根拠のない言いがかりであったようです。


ちなみに「大阪出身の兵隊は弱かったのか?」というこちらの記事で、
先ほどの唄には、続きがあったのを知りました。

「またも負けたか八聯隊、それでは勲章九連隊、 敵の陣屋も十聯隊、大阪鎮台ヘボ鎮台」
というのだそうです。

「自分勝手で協調性がなく、利に敏い」というイメージだけで語られることが多い大阪。

今も昔も変わらないのかもしれないですね。


RIMG0517a.jpg


ちなみに、上町筋側には、このような碑文があります。
摂河泉(せっかせん)という表現に、なんだか懐かしい響きを感じます
(ちなみに摂津、河内、和泉の旧国名を束ねた言い方で、大阪の全域と兵庫県の東部を含みます)。

身近にあるこんな碑も、いろんな人の想いがこもっているんですね。

今回は、このあたりにしたいと思います。
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